2018年09月23日

金の舟、銀の舟

亡き友人からの依頼のメロディ・・・「金の舟、銀の舟」を作曲し奏でました。
(トッページにて動画で、ご紹介させて頂いています)

友人のKさんは1年前の去年9月に癌の闘病の後、天へ旅立ちました。

亡くなる一ヶ月前に、病室にいる彼女からメールを受け取りました。

「お願いがあるのですが、私が天に帰るときにサポートしてくれる曲をつくってほしいのです。
  詞埜ちゃんのメロディで安心して宇宙の家に帰れます(⌒‐⌒)
  受け入れてくれたら喜びです」
 
このメールを受け取る数ヶ月前から、Kさんは終末医療(ターミナルケア)の病院に入院し、自身の余命を受け入れ、見守るご家族と共に静かに終活の日々を送っていました。

その中で届いたメール・・・
最後かも知れないKさんからの願い、叶えてあげたい・・・
けれど、次に書かれていたメールの言葉に心が動揺しました。

「葬送のメロディを詞埜ちゃんで〜と考えてる時に金の舟、銀の舟と言葉が降りてきました」

Kさんの願いを叶えて・・・と思いながらも、曲のタイトル『金の舟、銀の舟』と知った瞬間、これは今すぐ弾く曲ではない感覚が心に広がっていくのです・・・けれど、余命わずかのKさんの気持ちを思うと葛藤の気持ちも。

それでも心から湧き上がる思いは、「金の舟、銀の舟」のメロディは、「鎮魂歌・レクイエム」というだけではなく、その先にある「魂の再生と祝福」の曲だということ。

本当は、彼女の旅立ちに間に合わせたい・・・でも、今、手がけてしまっては、私自身、彼女が旅立ってしまうことへの哀しみと寂しさが中心となった納得のいかない別のメロディになってしまう。
もしかしたら、感情ではKさん自身も「レクイエム」的な曲で良いと依頼してたのかもしれない。けれど、Kさんの魂の本当の望みはきっと違う・・・
そうであるなら、彼女の命の旅立ちには間に合わないかもしれないけれど、Kさんが望んでいる「金の舟、銀の舟」の本当の意味するメロディを弾く事が出来る日が訪れるまで、その日を待ちたいと思いました。

メールを貰った一ヶ月後にKさんは天へ旅立ち・・・それから約10ヶ月ほど経った今年の7月を過ぎた頃でしょうか「今ならメロディが弾けるのでは・・・」自然と、そのような感覚となり、少しずつ曲を手がけて行きました。

そして、1年前にKさんから曲の依頼を受けた同じ8月に曲が完成・・・
弾いた音源をレコーディングスタジオへマスタリングの依頼をしていたのですが、スタジオから完成の連絡が来たのが、驚いた事にKさんの命日(一周忌)の前日。
このタイミングは、きっと天からKさんがOKを出してくれたのだと思いました。

翌日のKさんの命日、「金の舟、銀の舟」の完成の報告をKさんに手を合わせ、感謝と共に祈りました。
一周忌を迎えたKさんの魂の宇宙でのさらなる旅のサポートとなりますように・・・

Kさんからの依頼の曲ですが、今回こうして動画にしてUPしたことには理由があります。
ひとつは、共に繋がっているKさんの友人、親しくされていた方々と、一周忌を迎えたKさんへの想い出と祈りを共有したかったこと・・・
もうひとつは、いつもKさんは、私が曲を弾く毎に必要とされている場所へ届くようにと願ってくれていたこと。

「金の舟、銀の舟」は生死を超えた人生の旅と魂への応援、再生と祝福の曲・・・

どうか必要とされる方々の元へ・・・
そして、今、愛する大切な方との別れと悲しみの中にいる方にも少しでも癒しと、お力になれることが出来たら・・・

この曲が少しでもお役に立てれる事が出来るのであれば、
天にいるKさんも、そう願って微笑んでくれているのではと思います。
posted by Shino at 11:28| 日記

2018年09月11日

お礼参り

地震発生から3日目の日曜の朝、自宅の神棚に手を合わせた瞬間、頭に「北海道神宮へお礼参り!」と浮かびました。

札幌の清田区等、箇所では大きな被害が起きたところもあり心が傷みますが、それでも地震当日から震度5強の震災が起こった都市とは思えないほどの不思議に落ち着いた空気が札幌の街を包んでいるように感じていました。

停電も順調に復旧。
おかげさまで地震翌日には、私も普段通りの生活になり、
知人や友人それぞれ連絡を取り合った皆も、怪我も無く、生活もほとんど支障ない様子でした。

この日から動き出した地下鉄に乗り、神宮へ・・・
地下鉄の中の人々も道を歩く人々の表情も穏やに落ち着いている様子・・・
街中のデパート等も普段通り営業。

本当に何か大きな力がこの街を護って下さっているに違いない・・・

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神宮では札幌の街を護って下さった事へのお礼と、今もなお不自由を余儀なくされている方々が安心してもとの生活に戻られますようにと祈り、これからの日々を幸せで安心した生活を送るための大切な気づきを頂けますよう、これからも見守り頂けますようにと手を合わせました。

空の写真は地震2日後の夕焼けの様子。
千葉の成田山に行った際に購入した不動明王さまの化身の姿(龍神)のお守りに似ている〜と思いました。
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posted by Shino at 15:59| 日記

2018年09月09日

地震の起きた日に

6日に起きた大きな地震の後、気になったのはマンション自宅の下の階に住まれている高齢のご夫婦のこと。
私と主人が今のマンションに去年引っ越して来た時に、1度、ご挨拶にも伺ったのですが、共に80歳を超えられていて、ご夫婦ふたり暮らし。ご主人は持病があり、歩く事も困難で、日常は奥様が介助されている様子でした。

真夜中に起こった震度5ともいう大きな揺れと停電。
またマンションの水道は電力で動く供給ポンプのため、停電と同時に断水となっていて、大変な思いをされているのではないだろうかと心配になり、主人と相談して一緒に、お声がけと様子を見に伺う事にしました。
停電でインターホンも使用出来なかったので、玄関ドアを何度かノックしたのですが応答無し。
見るとドアの鍵が開いていたので、「ごめん下さい」と声をかけながら玄関ドアを開けると、ちょうど懐中電灯を持った奥様が玄関に来られた時でした。
「大丈夫ですか?心配で様子を見に・・・」と伝えると、とても安堵した表情を見せて下さり、
様子を聞くと、ご夫婦ともケガ等はなく離れて暮らしているお子さんとも、すぐに連絡が取れたとのこと。
地震後に何か起きたら・・・と思い、ドアの鍵は開けていたらしい。

「困っていることはないですか?」と聞くと、必要な食料も、お水も以前より備蓄していて大丈夫との話しに主人と共に安堵。
奥様に「困ったことがあったらいつでも声をかけて下さいね」と伝えたところ、「来てくれた事がありがたく、とても心強いです。どうかこれからも宜しくお願いいたします」と笑顔でおっしゃって下さりました。

私自身、札幌から離れた町で暮らしている高齢の母がいるのですが、ありがたいことに、住んでいる町の福祉関係の方達や近くに住む知り合いの方達等、日頃からよく母の事を気にかけてくれて、それが母にとっては大きな安心となっている様子でした。
それは、離れて暮らしている娘の私にとっても心強く、ありがたい話しです。

ですので、同じように、このご夫婦にも同じマンションの住居者として、気軽に何かあれば声をかけて頂きたいし、私達で出来得る事は、お力になりたいし、そのことが、離れて暮らすご家族の少しでも安心となることが出来れば、とても嬉しいなと思いました。

今回のこの地震の後に、今の自分に何が出来るのか、そして自分の想いと向き合うことができた出来事でした。
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posted by Shino at 07:03| 日記